
玄能と金槌の違い ― 看板づくりの現場から
看板屋の作業場にある道具
当社では、野立看板や枠付きパネル看板を製作する際、今もアルミフレームではなく木枠で組むことがあります。寸二角(36mm×36mm)の角材で枠を組み、そこにアルミ複合板を白釘で打ち付けていく。昔の職人から引き継がれた作り方です。
この釘打ちに使っているのが、何十年も前から作業場にある一本の「玄能(げんのう)」です。
ただ、この玄能、一般的にイメージされる玄能とは少し形が違います。
そもそも「金槌」と「玄能」の違い
「金槌(かなづち)」とは、頭の部分が金属でできた槌の総称です。ホームセンターで売っている釘抜き付きのハンマーも、大工が使う玄能も、広い意味ではすべて「金槌」に含まれます。
その中で「玄能(げんのう)」と呼ばれるのは、本来は頭の両端がどちらも打撃面になっているタイプです。釘抜きはついていません。両端の形状が微妙に異なり、片方が平ら、もう片方がわずかに丸みを帯びています。平らな面で釘を打ち込み、丸みのある面(木殺し面)で仕上げると、木の表面に凹み傷をつけずに釘の頭をきれいに沈められる。これが玄能の基本的な設計思想です。
うちの「玄能」は片側が尖っている
ところが、当社で何十年と使い続けている玄能は、この「両口」タイプではありません。片側が丸みを帯びた打撃面で、もう片側が細く尖った形状をしています。
道具の分類で言えば「片口玄能」に近いタイプです。打撃面が平面ではなく丸面になっているあたりは、両口玄能の木殺し面と同じ設計思想が入っています。一方で、反対側が尖っているのは先切金槌の特徴。両方の性格を併せ持った、少し独特な形状です。
こうした道具は、地域や業種によって形状も呼び名もさまざまで、既存の分類にきれいに当てはまらないことも珍しくありません。当社では昔から「玄能」と呼んで使ってきました。道具の名前は、教科書通りではなく現場で定着した呼び方がそのまま残るものです。

尖った側は何のためにあるのか
では、この尖った側は何に使うのか。
主な用途は狭い場所での釘打ちと、釘の仕上げ打ちです。
看板の木枠にアルミ複合板を白釘で固定していく作業では、枠の隅や端に近い部分で釘を打つ場面があります。平らな打撃面では周囲の板や枠に当たってしまうような狭い箇所でも、尖った側なら釘の頭だけを狙って打ち込めます。
また、釘をある程度まで打ち込んだあと、最後の仕上げで釘の頭だけを沈めたいときにも、先端が細いほうが正確に力を伝えられます。看板の表面に打痕を残さないための、地味だけど大事な使い分けです。
つまり、両口玄能が「平面と丸面」で打ち分けるのに対して、うちの玄能は「丸面と尖端」で打ち分ける。打撃面が丸面なので、通常の釘打ちの時点で木の表面を傷つけにくい。そのうえ狭い場所には尖った側が使える。役割の考え方は同じで、形が違うだけです。
白釘を入れた木箱も継承してます
作業場には、この玄能と一緒に、白釘を入れた木箱があります。白釘というのは、白く塗装された細い釘で、アルミ複合板の白い面(昔はトタン板でした)に打ち込んだときに目立ちにくいのが特徴です。
玄能の柄は木製で、長年使い込まれて手に馴染んでいます。新品の道具にはない、握ったときのしっくりくる感覚。先代の職人が使っていたものをそのまま引き継いでいるので、柄の色も手の脂で飴色になっています。
アルミフレームの時代ですが、木枠も現役
最近では、看板のフレームにアルミを使うケースが増えています。軽くて錆びにくく、加工精度も安定する。合理的な選択です。当社でもアルミフレームの採用は増えています。
一方で、木枠にはコスト面での利点があります。材料費が抑えられること、特殊な工具がなくても加工できること、現場での微調整がしやすいこと。設置場所や用途によっては、木枠のほうが適している場面もまだあります。
そして何より、木と釘と玄能で看板を組み上げる技術は、この業界で長年培われてきたものです。効率だけで測れない、ものづくりの手触りがそこにはあります。
新しい道具を買えば済む話かもしれません。でも、この玄能で釘を打つと、ちゃんと狙ったところに入る。何十年も現場で使われてきた道具には、カタログのスペックでは測れない説得力があります。
代々の職人さんたちの思いを引き継いで、ものづくりが根っこにある会社としてこれからも頑張っていきたいと思います。
今回のような古い道具もたくさん残っているので、またこちらで紹介できればと思います。
